2026-03-31
境界知能の育て方|IQ68の弟と26年間向き合った兄の記録
はじめに
僕の弟は26歳で、IQは68です。診断上は軽度知的障害ですが、見た目は普通だし、会話もできるし、人に好かれます。だから周りには「普通の人」として扱われます。
境界知能の方たちと同じ苦しみを抱えています。「普通に見えるのに、普通のことができない」という苦しみです。
この記事は「正しい育て方」を教えるものではありません。僕たち家族が26年間やってきたことの記録です。
なぜこの記録を残すのか。世の中には専門家の声はたくさんありますが、家族の実体験、特に兄弟から見た体験談はほとんどありません。専門家の知識だけではカバーできない「生活の中でのリアル」を残すことに意味があると思ったからです。
正解だったかは今も分かりませんが、同じ状況の家族に「うちだけじゃないんだ」と思ってもらえたら嬉しいです。
小学校に入る前:最初のサイン
弟とは年子です。小さい頃からよく取っ組み合いの喧嘩をしていました。弟は昔から気性が荒く、僕はいつもなだめることができず泣き寝入りになっていました。
ただこの頃は「やんちゃな子」で済んでいました。まさかこれが26年続くとは思っていませんでした。
小学校:浮き彫りになる「できないこと」
小学校に上がると、周りの友達との喧嘩が増えました。噛み癖は特にひどく、親が喧嘩相手の親に謝りに行くことも何度もありました。
この頃から勉強が苦手なことがだんだんと浮き彫りになり、別学級に移されていたと思います。
ただ、弟はスポーツはよくできる子でした。一緒にサッカーをやっていて、運動面では何の問題もありませんでした。勉強だけが、どうしてもできませんでした。
うろ覚えですが、弟が「数字の3が逆に見えて読めない時がある」と言っていたのを覚えています。今思えば、これがサインだったのかもしれません。
中学校:素行が悪化しても、人には好かれる
中学校に上がると、弟の素行はさらに悪くなりました。タバコ、暴力が増え、先生に対しても殴りかかることがありました。先輩(僕の同級生)にも悪態をついていて、僕が怒りに行くことも多かったです。
ただ不思議なことに、弟はいじめられることはありませんでした。なんならクラスの中心人物でした。コミュニケーションは問題なく取れるし、人にも好かれるし、女の子にもモテる方でした。
とにかく勉強が嫌い。それ以外は、普通の中学生に見えました。
これが境界知能の難しいところだと思います。「普通に見える」から、周囲は困りごとに気づきません。本人も自分が何に困っているか分かりません。
高校:支援学校を1年で脱走
担任との話し合いの結果、県内の支援学校に進学しました。
1年も経たないうちに脱走しました。
理由は「重度の障害を持っている子と一緒にいるのが耐えられなかった」から。弟は自分のことを「普通」だと思っています。実際、見た目も会話も普通だからです。そんな弟にとって、支援学校は居場所ではなかったのだと思います。
これは境界知能・軽度知的障害の人に共通する問題です。普通学校では勉強についていけません。支援学校では「自分はここにいるべきじゃない」と感じます。どこにも居場所がありません。
実家に戻って:仕事が続かない、暴力が増える
支援学校を辞めた後、弟は実家に戻りました。母親の伝手で地元のコンビニや旅館でアルバイトを始めましたが、どれも1ヶ月もてばいい方でした。
仕事ができないことへのストレスが半端なかったのだと思います。辛かったと思います。
そのうち、ストレスの反動からか、母親に対する暴力や、ものに当たる回数が増えていきました。
8個下の妹への影響が一番深刻でした。妹への暴言、妹が大事にしていたピアノを破壊。自分でコントロールできないがゆえの二次被害が、家族全体に広がっていきました。
母親の決断:家に入れない
数年間、母親は耐えました。限界が来た時、兄の僕と妹が「もう限界だ」と伝え、母親は弟を家から出す決断をしました。
気がつくと弟は友達の車で地元を離れ、県内の別の街で自分で仕事を見つけてくるようになりました。
ここからが弟の自立の始まりでした。ただ、その道のりは平坦ではありませんでした。
最悪の職場、そして少しずつ
弟が見つけてきた仕事の一つが、反社関連の会社でした。暴力を振るわれ、辞めることになります。この件はニュースにもなりました。
その後も自力で仕事を探しては転職しての繰り返し。10回以上は転職しています。
最近は、やっと落ち着いてきた感じです。
お金のことに関してはまだズボラなところもあります。成人後に悪い大人に消費者金融を勧められ、いいように利用されて100万円の借金が発覚したこともあります。母親がこっそり弟の携帯に位置情報アプリを入れていて、たまにパチンコに行っているのも確認しています。給料前にお金がなくなることも今でもあります。
それでも、なんとか生きていける状況です。
同じクラスにいた子供たち
弟のクラスには、親の判断であえて支援級に入れていなかったものの、明らかに境界知能だった子供が弟の他に2人いました。
1人は今でも地元で仕事を続けています。もう1人は犯罪を犯し、ニュースにもなりました。
犯罪を犯した子供と、弟や地元で働いている子供との決定的な違いは、家族のサポートでした。地元で働いている子は兄弟が多く、仲のいい兄弟でいつも一緒に遊んでいました。弟に関しても僕や同級生がずっと一緒にいました。昔からその人のことをよく知っているから、立ち回りがうまかったです。
犯罪を犯した子供は周りから好かれておらず、疎外感がありました。被害者が加害者に変わってしまった悲しい例です。
一般的な専門家の知識だけではうまくいきません。その子のことを深く理解しているからこそできるサポートがあります。データの蓄積が大事で、その子に合った支え方を見つけることが必要です。
年齢別の詳しい記録
この記事では全体を通して書きましたが、年齢別に詳しく書いた記事もあります。
振り返って思うこと
弟の「育て方」に正解はなかったと思います。母親は母親なりに必死でした。僕も兄として何度も弟のことで動きました。
一つだけ言えるのは、「普通に見える」ことが一番の壁だったということです。
周りは「なぜできないの?」と思います。本人も「なぜできないの?」と思います。それでもできないものはできません。それが境界知能、軽度知的障害の現実です。
もし今、同じような状況の家族がこの記事を読んでいるなら、伝えたいことがあります。
あなたの育て方が悪いわけではありません。お子さんが怠けているわけでもありません。「普通に見えるけど、普通のことが難しい」。それはお子さんの特性であって、誰のせいでもありません。
大事なのは、お子さんの特性や傾向を日々の中で把握し、蓄積していくこと。一般論ではなく「うちの子に合った対応」を見つけるために、記録を残し、相談できる相手を持つこと。僕たちが作っているアプリ「ヨゾラ」は、相談するだけでお子さんの傾向が蓄積され、その子に合った情報が見えてくるツールです。一人で抱え込まないための場所として、使ってもらえたらと思います。
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ヨゾラ
きょうだい児が家族と一緒に作っているサービスです。生きづらさを感じている人に、その人に合った答えを届けます。